
執筆者:CSO 石川 雅也
第1回:データカタログは、なぜ3年で荒れ地になるか
── 登録されたメタデータが、誰にも使われなかった理由 ──
この連載について
データを使うには、そのデータが何を意味しているのかが分かっている必要があります。当たり前のことですが、多くの現場でこの一点だけが空白のまま残されています。
メタデータを整えるためにデータカタログを入れ、それでも足りずにオントロジーやセマンティックレイヤーへ向かう。そしてAIエージェントの登場によって、この空白がついに「精度」への影響という具体的な数字になって表に出てきました。
この連載では全4回かけて、この「データに意味を与える」という長年の宿題を追いかけます。カタログはなぜ荒れるのか。AIには何が補えないのか。オントロジーは3度目の挑戦で何が違うのか。そして、技術で解いたあとに何が残るのか。
技術の優劣を比べる連載ではありません。意味を決めるのは誰の仕事なのか、という話です。
- データカタログは、なぜ3年で荒れ地になるか
- AIエージェントにスキーマを渡すだけでは、足りない
- 3度目の来襲は、何を捨てて動いているか
- オントロジーを入れても、「売上」の定義は統一されない?
初回へのコメント
「データカタログが荒れ地になるのは知ってるよ!」という方も多いと思います。この回で書きたいのはその先で、なぜ止まるのか、どの順番で止まるのかです。同じ会社でExcelの台帳と商用製品の両方が荒れた話を含みます。次回以降の前提になる回なので、既知の部分は飛ばして読んでいただいて構いません。

データカタログ導入プロジェクトのキックオフは、だいたい明るいものです。
散らばった資産を一望できるようになる。誰もが必要なデータを自分で見つけられるようになる。属人化していた知識が、組織の資産になる。そう説明されて、反対する人はいません。
3年後、同じ画面を開きます。
登録件数だけは増え続けていました。ほとんど増えていなかったのは、参照された記録です。
これから書くのは、その3年間の話です。ここで挙げる失敗には、私自身が支援した案件も含まれます。 他人の失敗を論評するつもりはありません。当事者として、なぜ止まったのかを書きます。
(「墓場」ではなく「荒れ地」という言葉を選んだ理由は、脚注に書きました*¹)
1. 山田さんがいなくなった日
ある企業に、データマネジメントに並々ならぬ情熱を持つ担当者がいました。仮に山田さんと呼びます。
各部署にヒアリングをして回り、業務側の言葉を拾って、データカタログのビジネスメタデータ*²をピカピカに維持していました。カタログを見れば、その項目が業務上何を指すのかが分かる。そういう状態を、彼はほぼ一人で作っていました。
崩壊の瞬間は、彼がその現場を離れた日です。
引き継ぎで後任に渡されたのは「データカタログ更新手順書」でした。ただし、そこに書かれていたのはツールの画面の操作方法と、いくつかのナレッジだけです。
どのボタンを押せば説明文を編集できるかは書けました。断片的なナレッジも、いくつかは残っていました。しかし「なぜこの定義が必要なのか」「この区分値は誰に確認すべきなのか」── 山田さんが2年かけて溜めた泥臭いノウハウ、いわゆる秘伝のタレは、手順書に書ける形のものはありませんでした。
後任は日々のルーティンワークに追われていました。よく分からないビジネス定義の更新は、自然に後回しになります。
そして数ヶ月後、彼は決定的な一言に到達します。
これ、更新しなくても誰も困ってなくない?
更新作業は完全に停止しました。1年後に残っていたのは、時が止まった遺跡です。
カタログの導入から、ちょうど3年でした。
1-1.この話が示している3つのこと
この話を「属人化の失敗事例」として片付けてしまうと、大事なところを見落とします。
山田さんは優秀でした。問題は彼の働き方ではありません。彼が持っていたものが、手順書に書ける形をしていなかったことです。
渡ったのは操作方法で、渡らなかったのは意味と確認先でした。この2つが、この連載が4回かけて追いかける対象そのものです。
そして、止めた人は誰もいません。後任は怠けていません。ただ、更新しないことのコストが、誰にも請求されなかったのです。
1-2.「誰も困っていない」は、本当なのか
ここで、当然の疑問が出てきます。誰も困らないのなら、それは業務に必要のない情報だったのではないか。
半分は、そのとおりです。
登録された資産のうち、誰かが本当に意味を知りたいと思うものは一部です。全資産に説明を付ける、という発想そのものに無理がありました。 必要とされないものが荒れるのは、当然です。
ただ、残りの半分は違います。
困っている人は、いました。ただその人は、自分が困っている原因をカタログに結びつけられなかったのです。
- 「顧客」テーブルが3つあるうちどれを使うか分からず、隣の部署に聞いて2日待った人
- 前任者が組んだ集計ロジックの意味を解読するのに、1週間かけた人
- 同じ指標を、ゼロから定義し直した人
この困りは、インシデントとして起票されません。「カタログが更新されていないせいで2日失った」と書く欄は、どこにもないのです。
つまり「誰も困っていない」のではありません。困りが、更新をやめた人に請求されないのです。コストの発生する場所と、それを止められる場所が離れている。
外部からの裏付けもあります。Gartnerは2024年2月、「2027年までにデータ&アナリティクスのガバナンス施策の80%が失敗する」という予測を出しました*³。そして失敗の理由として挙げたのが、「現実の、あるいは意図的に作られた危機の不在」です。
危機がなければ、ガバナンスは動きません。後任の「誰も困ってなくない?」は、この予測のミクロ版です。荒れ地は、危機が来なかった場所にできます。
1-3.3年後のカタログを開くと、何が起きているか
山田さんの例は特殊ではありません。3年経ったカタログには、だいたい同じ景色が広がっています。
- 人が手で書いた説明欄は、最終更新日が2年前で止まっている
- データオーナー欄に、すでに退職した人の名前が残っている
- 検索してもヒットしない。ヒットしても、それが正しいのか誰も断言できない
導入は成功し、運用だけが静かに死んでいきます。
では、この死に方には順番があるのでしょうか。
2. 荒れ地化は、3段階で進む
症状を3つ並べることはできます。更新されない、見つからない、信用されない。
ただ、これは並列ではありません。順番があり、因果があります。
2-1. 第1段階:更新されない
起点はここです。
登録する人と、使う人が別の部署にいます。登録側には、更新しても見返りがありません。
そもそも、書ける人が限られています。ビジネスメタデータの中身を知っているのは業務部門の人だけで、カタログを預かる情報システム部門には書けません。 書ける人には動機がなく、動機がある人には中身が書けない、という配置です。
追従の工数も見落とされます。組織変更、システム更新、項目の追加。変わり続けるものに手で追いつく作業は、当初の見積りよりはるかに重くなります。
そして構造的な問題です。カタログへの登録は、たいてい構築フェーズの「作業」として発注されます。 運用として設計されていないので、構築が終わった瞬間に担当も予算も消えます。
山田さんの現場で起きたのは、まさにこれです。彼が個人の情熱で運用を支えていた間だけ、カタログは生きていました。
2-2. 第2段階:だから、見つからない
更新が止まると、カタログの語彙は構築時点で凍結します。
しかし現場は動き続けます。組織が変わり、業務が変わり、呼び方が変わる。3年前は「得意先」と呼んでいたものを、今は「取引先」と呼んでいる。
つまり、カタログが古くなるのではありません。現場だけが動いていくのです。
結果として、現場の人が現場の言葉で検索しても、何も出てきません。
2-3.第3段階:だから、信用されない
見つからない経験を数回すると、人は探すのをやめます。
もっと決定的なのは、古い情報に当たったときです。一度でも間違った定義を見てしまった人は、そのカタログを二度と見に来ません。
メタデータの信頼は個別に評価されません。 「この項目は古いが、あの項目は正しい」という判断は、誰もしてくれない。1つ間違いが見つかれば、全体がまとめて信用を失います。
2-4.手を打つべき場所は、1つだけ
この3段階を連鎖として見ると、対策の打ち方が変わります。
第2段階に効きそうな施策は、いくつも思いつきます。検索エンジンの改善、シノニム辞書の整備。第3段階にも打てます。レビュー体制、鮮度の表示。
しかし、第1段階が止まっていれば、そのどれも効果は限定的です。更新されないカタログの検索精度を上げても、古い情報が正確に見つかるようになるだけです。
手を入れるべきなのは、常に第1段階です。この点は、連載の最終回でもう一度使います。
3. なぜツールを替えても、同じことが起きるのか
ここまで読んで、「製品選定を間違えたのではないか」と思われたかもしれません。
その疑いには、はっきり答えられます。
ある企業では、最初はExcelの台帳でデータ項目の定義を管理していました。想像がつくと思いますが、これは荒れました。更新されず、最新版がどこにあるのかも分からなくなりました。
導入の動機は、まさにそこでした。 更新が滞っているのだから、専用ツールを入れれば解決するはずだ ── そう考えて、商用のデータカタログ製品を導入しました。
それなりの投資です。ワークフロー機能があり、更新履歴が残り、権限管理もできる。Excelでできなかったことは、たしかに全部できるようになりました。
そして、同じ場所で、同じように荒れました。
同一の会社、同一の組織、同じ人たち。替えたのはツールだけです。
私がここから引いた結論は、荒れ地化はツールの問題ではない、というものです。
いま振り返ると、あのときの判断には見落としがありました。「更新が滞っている」という症状に対して、「更新しやすくする」という手を打ったのです。
しかし止まっていた理由は、更新が面倒だったからではありませんでした。更新しないことのコストが、誰にも請求されていなかったからです。ツールは前者を解決しますが、後者には触れません。
(Excelの時代から同じことが起きていた、という点は覚えておいてください。1990年代にも同じ製品群があり、同じように荒れたと聞きます。この連載の第3回で、もう一度ここに戻ります。)
4. カタログが埋めてくれなかった空白
ここまでの話を、単純な例で言い直します。
「顧客」という名前のテーブルが、社内に3つあります。
データカタログは、この3つを正確に教えてくれます。どのスキーマにあるか、いつ作られたか、どこからデータが流れてきたか、誰が作ったか。
しかし、どれを使うべきかは教えてくれません。
もちろん、これに答えようとする機能はあります。認定バッジ、推奨マーク、利用統計による人気度の表示 ── 「これが正です」と旗を立てる仕組みは、主要な製品に用意されています。
ただし、その旗を立てるのは人です。そして旗が立てられた時点の判断が、その後も正しいままである保証はありません。 認定した人がいなくなったあと、誰がその認定を取り消すのでしょうか。
機能が足りないのではありません。認定という行為そのものが、第1段階と同じ構造を持っているのです。
そもそも「カタログ」という言葉は、図書館の目録の比喩です。目録は、その本がどの棚にあるかを教えます。しかし、書かれている内容が正しいかどうかは保証しません。データカタログも、同じ設計思想の上に立っています。
4-1.その空白は、人間が無償で埋めていた
では、この空白をどう埋めてきたのでしょうか。
答えは、口伝と経験です。
隣の席の人に聞く。前任者が残したExcelを探す。とりあえず両方で集計してみて、去年の数字に近い方を採る。データ活用の現場では、ごく普通に行われていることだと思います。
だから、カタログが使われないままでも業務は回り続けました。
空白は放置されていたのではありません。人間が、無償で埋めていたのです。
4-2.山田さんが持っていったもの
山田さんが持っていた「なぜこの定義が必要か」「誰に確認すべきか」という秘伝のタレは、まさにこの空白を埋めるものでした。
彼はそれを手順書に書けませんでした。正確には、書けなかったのではありません。カタログという器に、それを入れる場所がなかったのです。
彼がいなくなった日に失われたのは、メタデータではありませんでした。意味です。
問いはここに行き着きます。
この空白は、技術で埋められるのでしょうか。
おわりに
この回では、解決策を書きません。診断までにしておきます。
自社のカタログが荒れ地になりかけているかは、3段階のどこにいるかで分かります。更新が止まっているなら、残りの2つはこれから来ます。
そして、この連載が追いかける問いはこうです。
メタデータは揃っていました。それでも使われませんでした。足りなかったのは情報ではなく、意味だったのではないでしょうか。
その意味を、人間は無償で埋めてきました。だからカタログが荒れても業務は回り、空白は長く先送りできました。
しかし、AIは補ってくれません。
もう先送りできない、というのが2026年の状況だと考えています。次回は、その話です。
脚注・参考
*¹「荒れ地」という言葉について。「墓場」の方が通りがよいのですが、カタログは死んでいません。自動収集が動いている限り、登録件数は増え続けます。止まったのは手入れだけです。荒れ地は、かつて耕されていた土地が、耕す人を失って草に覆われた状態を指します。誰かに殺されたのではなく、放置された結果です。
*²メタデータの分類について。実務では技術メタデータ/ビジネスメタデータ/運用メタデータの3つに整理されることが多いようです。ただしこの3分類がどこで定式化されたものかは、調べた限り明確ではありませんでした(DAMA-DMBOK は3つに限定していません)。呼び方はともかく、荒れるのは常にビジネスメタデータの側であるという点だけは、経験上はっきりしています。
*³Gartner, Gartner Predicts 80% of D&A Governance Initiatives Will Fail by 2027, Due to a Lack of a Real or Manufactured Crisis(2024年2月28日)── 原文の “a real or manufactured crisis” という表現が興味深いところです。裏返せば、ガバナンスを動かしたければ危機を作れ、ということです。データカタログもガバナンス施策の一つであり、この予測の射程に入ります。